複数の文化圏、言語に伝播した言葉、神。
日本には中国から仏教とともに漢訳の阿修羅が伝わった。修羅とも。
インドの神話に出てくる神アスラは、デーヴァの神々と対立する者達。
不思議な力を備えていた神々の称。のちに、悪神とされて、常にインドラ神と争う悪魔・鬼神とされた。
その立場のため、邪悪な存在として語られる場合もあるが、
そうではないという(時代での推移・変化もあるようだ)。イランとインドでは神としての立場が逆転している。
古代ペルシャ(イラン)ではアフラ(ahura s,h音の交代)は善神とみなされ、悪神ダエーバdaevaに対立すると
考えられていたが、インドには「神(スラsura)にあらざる者」、「非天」と伝わり、
善神デーヴァdevaに敵対する悪神をよぶ言葉となった。
そのまま仏教にも入り、修羅は闘争の権化的な扱いとなったが、
また仏教では悪鬼・鬼神も仏教を守護する立場も持つため、アシュラ像ばどもみえる。
日本では独自の阿修羅像のイメージもつくられた。
インドのアスラでは、ジャランダラというアスラが最も強大でヴィシュヌにも打ち勝ったことが
あるが、結局は多くのアスラとともに滅ぼされてしまったという。
また『マハーバーラタ』にダイティヤーというアスラ達がでてくるがシヴァに滅ぼされた。
中国、日本では阿修羅は戦いを象徴するようになった。「阿修羅のように」「修羅の如く」戦う、
「修羅場」などといわれる。
争いが絶えないこと「修羅道」「修羅界」などとも(→六道)。
仏教的には、
仏教では、仏法を守護する天竜八部衆の一。
また修羅は六道の4番目で地獄、餓鬼、畜生の次にくる。この四つの悪処(あくしょ)、四悪趣のひとつで
かなり悪い方のイメージである。
また阿修羅の住む、争い
や怒りの絶えない世界。また、そういう生存のあり方。修羅道。修羅界。
仏典では怒った時は大海に立った時膝までしか水につからないほど巨大な姿をみせるが、
いざ、帝釈に調伏されるとなると、蓮の花びらに隠れるほど小さくなるという。
争いと闘いにあけくれる性質は、意思をまげて人にへつらう「諂曲」(てんごく、てんきょく)
の象徴らしい。
日本では三面六臂の阿修羅像(奈良時代・興福寺)が有名である。天平文化の彫刻の名作。
余談だが、修羅を使ったネーミングとしては「あしゅら男爵」が有名。3面の阿修羅像から
2面のキャラにつかったのだろうか。
他、やはり興福寺の阿修羅像からだろう三面六臂の「アシュラマン」(『キン肉マン』)や、
格闘技マンガ『修羅の門』などやはり闘争に絡んだものがおおい。
珍しいインド神話アニメ『天空戦記シュラト』では天竜八部衆の一人、修羅王シュラトが主役である。
技は修羅魔破拳(マッハけん)
「これより我ら修羅に入る!」(『花の慶次』)
しゅらしゅしゅしゅ。(これは「金毘羅船々」で関係はない)
参考資料
・インド神話 (青土社)
・日本大百科全書 (執筆者:高橋壯 小学館)
・大辞泉 (JapanKnowledge)
他
(C) 幻想世界神話辞典 - GENSO SEKAI Myth dictionary